2006年01月10日

訃報

 私たちの同志の沢口友美さんが永眠されました。

 彼女の病名は慢性骨髄単球性白血病。

 核の後遺症は何世代も苦しめる。

 沢口さんの死を無駄にしないためにも、地球上から核兵器を廃絶しよう。


 ウルフ爺さんとともにご冥福をお祈り申し上げます。


        ゴジラズワイフ記す



沢口友美さんのブログより
2005/8/6
「(無題)」  
今日はアメリカが作ってみた原爆を実際使ってみないとどんなものか
わからないからと、ヒロシマに原爆を落としてモルモット代わりにした
日です。おかげで私の母は、学校で勉強している時に爆風で飛んで
きたガラスが体につきささり、今でも跡が残ってる。あんなひどい状況
でよく、生きていたものだ。母が生きていてくれたから私も生まれた。
授かった命なので妨害に負けずがんばって生きようと思う。あれから、
60年という節目に白血病という病でもどることになったのは、考えさ
せられるものがある。

8時に町内会の「本日は原爆の日です。今年は60周年云々・・・黙祷を
ささげましょう」という放送が、流れる。流石に被爆地。こういうのは、
全国の町内会単位でやってもらいたい。いや、やるべきだ。8時15分に、
サイレンが鳴った。家族で黙祷。2001年にNASYOの国際会議(バグダ
ッド)で母の被爆体験をスピーチしたのを思い出した。

当時母は県立広島病院の看護学生だった(爆心地から約3km)原爆
投下後は次々と負傷者が運ばれて来て刺さったガラスで血を流しなが
らも手当てをしたそうだ。ピンセットやガーゼなど足らないので、やけど
した人に薬を手で塗ってあげるけれど、皮膚がずるずるとむけるんだ
そうな。むごたらしい。倉庫の薬も全部出してきて使ったけれど足らない
し、手の施しようも無い状態なので死んだ人がたくさんいたから大きな
穴をほって死体をそこにほおりこみ、ゴミのように焼いていたという。

今の日本、ヒロシマナガサキは60年前の昔話に風化されようとして
いないか?これこそ恐怖。
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2006年01月09日

靖國問題を考えよう ! !

  この20日の日韓首脳会談においても、韓国盧武鉉大統領が「靖國が核心(讀賣新聞6月21日朝刊トップ)」とあり、過日ドタキャン帰国した中国の呉儀副首相の帰国の真因も靖國問題にありとされている。

 今我々は、中国や韓国の反日に徒に過剰に反応すべきではない。崩壊寸前の北朝鮮に日本国民を拉致され、殺され、国を侵されながら、手も足も出ず、米国に頼るしかない現状を直視するべきである。墜ちる所まで墜ちた今であればこそ、日本民族の中に流れている祖先の叡智に学んで、実のない戦いは避けねばならない。何故なら、この騒ぎをホクソ笑んでいる国がある。それは東京裁判で戦犯を創り出した米国だ。もし日本に「戦犯」というのがあるとすれば天皇以外にない。A級戦犯とされた方々は、間違いなく天皇陛下の統帥権の元に任務を遂行したのである。

 60年前のことは歴史として検証すべきで、現在の無知な政治屋が是非を論じるべきではない。この無責任な発言の数々がこれまでどれだけ愛国心のある庶民をミスリードして来たことか。毎年8月15日が近づくと恒例のように繰り返される「首相の靖國参拝」問題であるが、首相ごときの参拝は本質ではなく、真に参拝すべき義務があるのは、天皇陛下である。靖國神社には、「天皇陛下の為に」「天皇陛下萬歳 !!」と言ってその言葉の奥にある日本の國の弥栄を信じて散華した、庶民である数多くの英霊や先帝陛下の身代わりとなったA級戦犯とされた方々が鎮まっておられるのであるから。

 口先だけの愛国学者でなく真の愛国者、実践の増田俊男氏の「2005年を期しての米国大統領の原爆と東京裁判に対する謝罪」こそが、真の日米同盟に欠くべからざるものである。勿論金銭補償などは求めない。日本の名誉を還して貰いたいのだ。

 折角の増田氏の提言も、その謝罪を受ける側の日本人の主体や土台が無くなってしまっている。大和心の復活は急務ではないか。

 既成の愛国運動に囚われない第三勢力(賢明なる庶民の目覚め)の拠点造りは、この8月の終戦記念日前後を期して、インターネットでオープンでやります。

日本覚醒の為の皆さんの結びつきのさざれ石の老狼 

http://www.ishiikazumasa.com/roaring/2005/06222005.html
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2006年01月08日

「ヘドロの上にビルは建たぬ。戦後60年の裏表」

 皆さん、ご訪問有難う。坂さんを始め、真に國を思う諸君の熱意には感謝しています。前回の原稿以降、別の方面で充実した活動をしてきました。時の経つのは早いもので、私も気が付けばもう80歳です。若い頃は50歳まで生きられると思っていなかったのに、右翼になって50年。最初の予定の人生を「石の上にも50年」の右翼で過ごしました。私の右翼人生は戦後の日本を形作った55年体制と同じ始まりです。また今年は終戦後60年の節目でもあるので、マスコミ等も当時の悲惨さを再現したり証言を載せたりしていますし、戦後50年の10年前には想像も出来なかったインターネットの普及により、庶民自身もHPやブログや掲示板等各所で熱心に意見を発信交換しています。10年前は権力やマスコミが操作できていた終戦の感想は今や操作しにくくなっています。

 庶民がこの手軽な情報発信の手段を手に入れた今こそ、真の意味での戦後の総括をするべき時に来ています。大東亜戦争はそれだけでは語れず、日清日露はおろか、幕末開国にまで遡らなければ、真の様相は見えてきません。従来述べているように、総てのものにある「表と裏」を感じ取って欲しいのです。ヘドロの上にビルは建ちません。

 今日の日本の有り様は、成るべくして成ったものだと言うことです。即ちウソやキレイごとや一時逃れの先送りの積み重ねの結果です。東京裁判に象徴されるように、独立回復後に日本自身で東京裁判の検証もせずに、A級戦犯とされた方々を犠牲にしたままであったこと。昭和28年に「戦傷病者戦没者遺族等援護法一部改正 戦争裁判による死亡者も適用対象となる」で国内では形式的には復権されてはいるが、これを日本政府は国外に広報する努力を怠ってきたので、中国や韓国を始めとして、日本人を含む多くの人の意識の中では「戦犯」はまだ復権されていない。中国や韓国が歴史の見直しといってきている今こそ、それに乗って声を大にして復権すれば宜しい。それを聞き齧りの受売りで勇ましいことを言うのが愛国だと勘違いしているのが何と多いことか。また庶民をミスリードさせているマスコミや人間の愚かさよ。

 次回から、「聞き齧りの受売り」でない身体で体得したレポートを出します。英邁な皆さんで戦後の闇に隠された真実を追究して下さい。皆様が肥しの老狼の言挙げを受けてくれることを信じています。

老狼

http://www.ishiikazumasa.com/roaring/2005/06132005.html
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2006年01月07日

「日本社会の歴史にとどめをさした暴対法」

まずは目森氏よりのメールを紹介します。


 石井一昌様
 以下の文章は、広島問題のHPに掲載したものですが、読んでいただきたく思い、送ります。

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コラム:歴史の終わりと暴対法
2005.5.22up

 暴対法以後、警察は国家がヤクザを切り捨てる政策の尖兵となった。
  警察はヤクザが社会で占めていた場所から、ヤクザを追い払う形で進出した。
  それは、商法改正以後、総会屋を追い払い、代わりに警察官が企業総務に天下り先を確保して行ったやり方とそっくりだった。
  警察は、ヤクザの利権を横取りし、とって代わる事を「暴力団取り締まり」と称した。
  しかし、これは警察自身にとっても毒となった。
  大不況の中で、利権は急激に縮小した。しかし、欲望は拡大する一方だった。こうして裏金体質が拡大した。
  また、利権に走った警察は、捜査能力に支障をきたすようになった。
  ひとつには、利権で浮き足立ったためであった。そして、もうひとつの捜査力低下の理由は、ヤクザからの情報提供がなくなってしまったためだった。
  ヤクザと警察の間には、一定の協力関係が培われて来た。ヤクザと警察の関係は白と黒という単純なものではなく、広い灰色の部分を持つグラデーションをなしている。対立と共存がないまぜとなり、局面ごとに流動しているのである。
  警察はヤクザの領域を荒らしている。しかし、ヤクザの果たしてきた役割を果たす事はできない。
  ヤクザの利権の元となったのは、ヤクザが果たしていた機能であった。だが、その機能は停止しつつある。
  そのヤクザの機能は位置づけが難しい。ヤクザ自身が食う事も含めて、その機能は範囲が広く、また、多くの分野を横断している。しかも、そこに社会的差別、政治的事情、犯罪などが複雑に絡み合っているため、見えにくい方に押しやる力が働いている。
  その力はヤクザ内部から働くだけではない。日本社会の事情から出ている力である。
  ヤクザの機能を、ここでインヴィジュアル・ワークとしておこう。
  ヤクザの持つインヴィジュアル・ワークは、日本社会の成り立ちの一部分であり、不可分のものでもある。
  なぜならば、それは、歴史的に形成されて来たものであるからだ。
  社会にとって、インヴィジュアル・ワークは有用であり、必要なものである。日本社会が活動するために、インヴィジュアル・ワークは重要な役割を持っているのである。
  暴対法は、ヤクザの犯す犯罪を行為として取り締まる法律ではない。ヤクザの存在そのものを社会から排除・抹殺しようとする、異常な法律である。
  これは、ヤクザという、インヴィジュアル・ワークを果たし、社会そのものと切っても切れない一部分をなしている社会グループを攻撃するものである。
  その機能を代行する者は存在しない。そのため、日本社会におけるインヴィジュアル・ワークが機能停止に追い込まれつつある。
  社会の機能の一部が破壊されているのである。社会は有機体である。その一部が破壊される事は、社会全体に大きな影響をおよぼす。
  暴対法は、社会そのものを攻撃する劇薬に等しいのである。
  国家権力は、このような社会への攻撃を、政策的に、警察力をもって行っている。


  つまり、警察を使った社会の歴史性、そして、歴史性が培って来た自由への攻撃が行われているのである。統制である。
  警察によるそのような国家統制を別の言葉で言えば、警察国家化である。
  権力は、国家統制に向けた社会への攻撃のために、ヤクザというインヴィジュアル・ワーカーを利用したのである。
  そのために情報操作も行われた。総会屋、右翼、ヤクザ、麻薬・覚せい剤密売人などが、あえて混同されもした。
  暴対法プロセスの下で、警察は利権集団化し、社会はあいまいな領域で機能を停止させ、物事は円滑に進まなくなり、日本社会は、極めて人工的で強引なやり方で、統制の方向に向かう事となった。
  暴対法という劇薬で、その一部が死ぬ事で、社会がその歴史性から引きはがされても良しとしているのが国家権力である。しかし、その結果を引き受けるのは権力ではない。
  警察は社会を「改革」する尖兵である。すでに、これまでの関係は一方的にうち切られている。ヤクザがどう思っていようと、また、実際にどうであろうと、警察には何の関心もない。警察は、ヤクザを捕食しようとしているだけだ。
  ヤクザにとって、現状はあまりにも厳しい。警察・検察はヤクザを冤罪に落とすノウハウを確立している。だが、事ここにいたっても、ヤクザの側は、無実だから無罪になるという希望的願望にしがみついている。
  無実かどうかは判決とは関係がない。無実であろうと有罪になるのが日本の裁判だという事は、すでに明らかなのだ。
  日本の司法は、この不名誉で、有害な事態をいつまで続けるつもりかわからないが、一刻も早く、ここから脱却しなければ、警察・検察が襟を正す事はないし、襟を正さなければ、不祥事、裏金問題は永遠に続く。
  公正な裁判が行われなければ、日本の社会に毒が回って行く事になる。


  暴対法によって歴史は終わった。ヤクザの歴史ではない。日本社会の歴史が終わったのである。

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目森一喜


 (目森一喜氏のウェブサイト - http://park1.wakwak.com/~hana/)

 目森さん、引用承諾、有難うございました。御見識には感動しました。

 5月20日に全国紙で、右翼の全日本愛国者団体会議(略称・全愛会)名誉議長の志賀氏が東京ディズニーランド(TDL)関連会社との金の流れ等で問題視している記事がありましたが、これには裏があるのです。

 4〜5年前に、今回以上に「右翼全愛会志賀敏行(三郎)逮捕」と、マスコミに大報道されたことがありました。そして接見禁止で無茶な拘留をした揚句、無罪でした。TDLの設立当初からの株主であり、TDLの今日に功績のある志賀氏は、「暴対法」以降あらゆる分野に天下りをして利権を貪っている警察にとって、TDL関連への大量の天下りに邪魔だったのです。今回はその最後の仕上げだったと私は思っています。

 国民の税金から十分な給料を貰い、退職金や年金で老後の生活も税金で保障されていながら、なお欲に走る警察OBは将来のOBとなる現役警察官僚と気脈を通じ、談合会社も足元に及ばない談合体質で頑張っています。

 士気の乱れは庶民の要望にすぐ応えられない現場の士気の低下に通じています。皆さんもご存知のように交番まで助けを求めに来たのに見て見ぬ振りをしたり、神戸では110番通報があったのに大学院生を見殺しにしたり、飲み屋などではトラぶってもすぐ警察官が来ることは少なく、たとえ来たとしても通り一遍でその後のトラブル返しの面倒までは見てくれない。やくざはすぐ来てくれて後の対処までしてくれる。そんな訳で長い間歓楽街とやくざは補完しあいながら生きてきたのです。みかじめ料とは多くの場合、やくざをガードマンとして雇うための費用でした。上記の目森氏の原稿にもあるように

> ヤクザの利権の元となったのは、ヤクザが果たしていた機能であった。だが、その機能は停止しつつある。

それはやくざが果たしてきた機能であったのです。外国人の犯罪が増えたり、外国マフィアが増えたのも、歓楽街でやくざの押さえが利かなくなり、警察はやくざの代わりにみかじめ料はそっくり懐にしながら、その代替の役は全く務められなかったから、その間隙に入り込まれたのでした。外国人犯罪の増加で警察官を増やすというが、これは本末転倒です。不況で税収入も減っている現在、退職以降も税金を食う警察官を増やさなくても、やくざは税金を食わずにそれなりの押さえをしてくれていたのですから、やくざを活用しない手はないのです。

 今こそ眠れる巨人(庶民)が声を結集する時期に来ているのではないでしょうか ! ? 


 その為の肥やしになりたい老狼です。 

http://www.ishiikazumasa.com/roaring/2005/05292005.html

 
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2006年01月06日

「京都議定書は人類の義務」

 アインシュタインが大正11年(註・1922年/第一次世界大戦終結後4年)11月16日から40日間日本に滞在した時に次のように語りました。

「世界は進むだけ進んで、その間幾度も戦争が繰り返され、最後に闘争に疲れる時が来るだろう。その時、世界の人類は、必ず真の平和を求めて、世界の盟主をあげねばならぬ時が来るに違いない。その世界の盟主は武力や金力ではなく、あらゆる国の歴史を超越した最も古く、且つ、貴い家柄でなければならぬ。世界の文化はアジアに始まって、アジアに帰り、それはアジアの高峰、日本に立ち戻らなければならぬ。我らは神に感謝する。天が我等人類に日本という国を造っておいてくれたことを」

 日本という国の素晴らしさをアインシュタインはその後も語り続けました。

 以上は株式会社フローラの冊子「HB-101」の皇紀2665年の「年頭にあたって」で述べられている川瀬善業氏の文より引用させていただきました。

 今や世紀は21世紀となり、アインシュタインが生きていた時代とは様相は変わっても、核という兵器が世界を逼迫した状態にしている、闘争の時代は続いています。

 1970年(昭和45年/ベトナム戦争中。米ソ対立の真っ最中)に発効した「核兵器拡散防止条約(NPT)」は、核保有国(アメリカ、ロシア(ソ連)、イギリス、フランス、中国)の核開発や核保有は認めた上で、他国への核拡散を防止しようという条約ですが、世界平和の為にはこれほど矛盾にみちた条約はありません。

 この条約は誰よりも核兵器の恐ろしさを承知している米国が、他の当時核を保有していた国は仕方なく目を瞑り、それ以外には核を持たせずに無言の威圧で覇権で世界をリードして行く為のものです。ソ連崩壊後にはそれはますます顕著となり、その意味では北朝鮮が自衛の為に核を持っているのは国防としては正しい。核拡散防止条約では真の平和が訪れていないのは、発効後の35年間で証明されています。
 
  同じように「地球温暖化防止条約(1994年=平成6年発効)」は「温暖化の防止がすべての国に共通する責務であるとし,温室効果ガスの排出抑制の努力義務を規定している。その中でも先進国に対してはより重い責任を負わせている点が特徴的。」であるが、その三度目の締約国会議(1997年=平成9年)で採択された,二酸化炭素などの温暖化ガス排出量の削減計画を挙げている京都議定書から、一番の排出国である米国が離脱したままであるということからも、米国の一国主義は際立っています。

 我々右翼の最大の失敗の一つは、人類全てに影響する環境問題に対してこれまであまり真正面から取り組むことがなかったことです。ソ連崩壊後行き場を失った左翼の一部は「市民運動」と名を代えて、本来我々右翼がなすべき環境問題と地道に取り組んでいるのとは大きな開きがあります。

 この5月25日のロフトでは、先に紹介した深笛氏とは「竹島問題を主とする領土問題」、深笛氏の後輩の昼間氏とは「ソ連邦崩壊後の左翼についてと、日本を変革して行く為の右翼の今後の役割」をテーマとして討論します。

 他にも最近俄かにクローズアップされてきた、小泉首相の参拝を含めた靖國問題に関しての討論も予定しています。

 今回は単なる質疑応答ではなく、討論会ですので通り一遍ではなく、納得の行くまで仁侠問題も含めて喧喧諤諤と、これからの日本を背負って行く諸君と語り合いたいと思います。諸君の熱意に期待しています。

肥しの老狼

http://www.ishiikazumasa.com/roaring/2005/05192005.html
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2006年01月05日

「物の道理」

 竹島問題の韓国に続いて、中国で反日暴動が激化した。この反日暴動は日本の「常任理事国入りに反対」がきっかけのようであるが、日本製品不買運動を展開した中国の小売業協会の中には米国資本のウォルマートも入っているように、昭和初期の日本に対して中国が米国を引き入れて日中戦争へと至った構図を思い起こさせる。そして後日起こった北京の日本大使館に対する中国民衆の反日デモが昂じての破壊活動を、中国官憲はほとんど静止していないようであった。インターネットで参加者を募ったというが、中国官憲が見て見ぬ振りをしたり、泥縄で行ったデモにしては手書きでない垂れ幕やら、ペットボトルの用意やら、何やら国内の不満を外に逸らしたい中国政府の意向が働いているとも取れる。後に中国政府が「日本側に責任がある」と国際関係の常識からは考えられない発言をしていることからも官製の疑いが濃い。

 しかし、韓国にしろ中国にしろ、この暴動は現実に出た問題として、我々は直視して逃げてはいけない。これまで日本が戦後米国任せできたツケが今、噴出しているのである。歴代の総理大臣は元より、それらを選んだ庶民大衆の責任なのである。中国はこれまで長い間対立してきたインドにおいても「日本の責任」を放言しているところからも、日本がアジアの孤児となっているのを痛感させられた。「天は自ら扶ける者を助く」とあるように、米国は日本の為に血は流さない。北方四島は米国の分担とソ連との取り決めであったが、ソ連が先に分捕ったらそれを米軍を出して奪還しようとはしなかった。日本国内に膨大な米国の軍事基地があっても尖閣諸島も竹島もノータッチである。むしろ米国にとっては冷戦が終わった後も日本がそのような不安定な状態であるほうが、米軍の存在意義があり、思いやり予算は獲れるし、ベターなのだ。

 拉致被害者家族は、日本政府が当てにならないので何年も前から米国詣でをしてきた。ケリー国務次官補が仏様に見えたことであろう。日本政府は北朝鮮自身が認めるまでは自国民をなおざりにしてきたのである。日本国内でこの問題を最初に取り上げたのは共産党であったし、長い間地道に取り組んできたのは当時民社党(現民主党)の西村氏であった。北朝鮮は手品師でも魔法使いでもない。手先となる朝鮮総連という機関が日本に存在するから拉致ができたのである。これは今では朝鮮総連の元幹部も告白している。然るに政府自民党のトップの小泉首相は、その朝鮮総連の事務所開きにわざわざ祝いする有様である。本来なら政府が率先してまず抗議するべきである。

 政府がそのように為すべき最低のことさえしないので、日本民族として許せない気持ちで右翼でもない刀剣愛好家の村上氏が、義憤のあまり殺意の無い脅しをしただけで、懲役15年という数字が出てくる異常さ。殺人でも一桁の懲役があるというのに、これでは司法の公平さどころではない。どこの国の司法かわからぬ。中国なら「愛国無罪」どころか「英雄」かもしれぬ。日本で罪を犯した中国人は故郷で「日中戦争の仇を討った。」と英雄視されているケースも多いという。

 またロシア大使館前における「北方領土を返せ ! !」という日本人の悲願の叫びが、騒音防止条例の規制値を超えたとかの理由で即逮捕・拘留され、多額の罰金を科せられるという現実。一方奈良で近隣に24時間騒音を撒き散らしていた主婦は9年もたってやっと逮捕。愛国者に対してのこの不条理がまかり通るのが日本の現状なのである。昭和天皇も軍人も役人も震え上がった原爆テロにもめげずに、意気消沈した日本民族の為に戦後の混乱期に防波堤となった任侠には、執拗に「暴対法」で報いてる国。これらから明らかなのは、米国にとって都合の悪い行動は目くじらを立てて取り締まっている日本官憲の姿である。米国にとって北方領土も尖閣諸島も竹島も、そして朝鮮総連の存在も現状のほうが日本を意のままに繰りやすいのである。従って司法の公平は名ばかりとなり、日本民族は、牙を抜かれ爪を剥がされ、相互不信は頂点に達している。

 今こそ沈着に我ら庶民が右も左もなく、理不尽さに対して立ち向かい総括する時である ! !

 東京新聞4月13日一面記事にある王毅中国大使の発言「中日関係は困難な状況に直面しており、二つの民族の知恵に対する大きな試練だ」に注目したい。丸裸の日本であるが考える自由はあることを。そして聞く耳を持つ中国人がいることを。崩壊寸前の北朝鮮に同胞を拉致され殺され、手も足も出ない日本が、中国に対して建設的でない強がりだけを言う時では無い。すでに其の五に述べたことからもわかるように、もし東条英機が戦犯なら大元帥である天皇の統帥権を犯したこととなり、他のA級戦犯とされた軍人も含めて、逆賊となり物の道理が通らない。我々は大和心を結集して祖先の叡智に学びこの困難を打開して戦後60年を総括しようではないか ! !

吠える老狼

http://www.ishiikazumasa.com/roaring/2005/04142005.html
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2006年01月04日

荒岩さんのメール「原爆によるトラウマ」

「含蓄のある荒岩さんのメールに対して」
荒岩さんのメール「原爆によるトラウマ」

石井一昌様

「世界再築の為の日本国の再建・其の二」で原爆によるトラウマというのは、まさに現在、日本が戦後体制を脱却できない原因であると思います。
特に、被爆地広島に与えた心理的影響は大きく、被害者であるはずの広島被爆者が、まるで加害者であるかのように「過ちは繰り返しませぬから」と原爆慰霊碑には刻まれています。これはまさに、原爆によるトラウマから生まれてきた言葉ではないかと思います。
しかし、広島では8月6日になると毎年、多くの人々がこの慰霊碑に向かって手を合わせ頭を下げているのです。この行為は被爆者が悪かったのだと、被爆者に罪を押し付け、犠牲者の御霊を冒涜しているように思えるのです。山田節男元市長は「この碑文の主語は世界人類である」と見解を発表していますが、原爆を投下した米国は賠償も謝罪も、反省すらしていないのが現状です。この現状では、山田節男元市長の見解は、米国を恐れるあまりに現実から目をそらした見解といえるのではないでしょうか。
戦後59年、日本はずっとこのトラウマから抜け出せずにいます。では、このトラウマから抜け出し、戦後体制から脱却するには、原爆投下の責任を米国にしっかりと認識してもらい、被爆者に対する謝罪が必要になってくると思うのです。私達は一致団結しなければならないのに、原水協と原水禁に分かれてしまっているという現状を見れば一目瞭然なように一致団結できていない。このような中で私達はどのような運動を展開しなければならないのでしょうか?

荒岩宏奨


 荒岩さん、先の呼びかけに応えての早速のメールをありがとう。

 早速本題に入ります。9.11同時多発テロの前年(2000年)に、米国において米国人自身の手による原爆展が行なわれました。米国人の真摯な良心的な行動の行方に私は注目していましたが、反論が新聞に掲載されました。曰く「広島・長崎の原爆は50年前のことである。」曰く「物事はすべからく歴史的に捉えるべきである。原爆を落とす前と落とした後を見るべきである。」と。これが話題になった後の結果でした。つまり米国は原爆を落としたことによって日本が民主国家になれた。米国のお蔭で日本は民主国家になれた。と自負しているわけです。

 そして貴方がいうように、

>特に、被爆地広島に与えた心理的影響は大きく、
>被害者であるはずの広島被爆者が、まるで
>加害者であるかのように「過ちは繰り返しませぬから」
>と原爆慰霊碑には刻まれています。これはまさに、
>原爆によるトラウマから生まれてきた言葉ではないかと
>思います。

原爆のトラウマは、日本人自身をして米国に民主国家にして貰ったという錯覚を植え付け、今では戦前そのものさえ否定する風潮が続いています。今、よく切れる50代と20代(50代の子供世代)といいますが、これだけでは片手落ちです。それらの切れる50代を育てた親の世代は間違いなくバリバリの戦中派世代なのです。「子は親の背中を見て育つ」。戦中派世代の戦後の責任を真正面から見つめる勇気が、日本人全体になければいつまでたっても堂々巡りです。

 俺は若い頃に護國團先輩の小沼正に対して「19や20歳(はたち)で人を殺して愛国者面するな!! それが愛国者ならベトナム(当時はベトナム戦争の最中で対米ゲリラが横行していた)は愛国者だらけだ !!」と言ったと同じように、20歳前後で少しばかり軍隊にいたからといって、軍隊経験がある」と言うな。それよりも戦後の歳月の方がずっと長い。その間、自分の子供の教育や社会活動で何をして来たか。そちらの方がずっと次世代への参考なり警鐘となる。

 たかだか一年も満たない軍歴の者まで戦後それにしがみつくようになったのには、右翼団体の責任が大きい。多くの右翼団体は元軍人というだけで、さも愛国者かのように上席でもてなし続けてきた。従って彼らの責任を追及するなどとんでもないことであった。「愛国心は悪党の最後の隠れ家」という意味の諺もある。悪党でなくても卑怯者の最後の隠れ家でもある。

 私は若い者には既成の右翼団体類似の団体を作って、一国一城の主と自己満足するような状態で留まってもらいたくはない。なぜならそのような団体となると、どうしても前例踏襲で、既成のミニ団体化してしまうことが多い。何十年も同じことを繰り返している職業愛国学者を講師に呼んで有難がって話しを聞いたり、街宣車を出して庶民の反撥を買ったり。土台、運動家が机上の愛国学者の講義を聞いて勉強した気になっていること自体が俺はまやかしだと思っている。本当にそれで国が良くなるのであれば、運動家などは要らない。愛国学者に任せておけばいいのである。

 しかし学者というのは、大義の為よりも自分の学説の方が大切なので、三池騒動の時も、当事者の炭坑夫のためよりも自分の学説の為に、主婦を煽動した(悪名高き向坂教室)。国が二つに分かれるところ、必ず利する輩がいる。俺は今では共産党が政党助成金を貰わないと評価しているが、いつも言うように「是は是、非は非」。戦後左翼の最大の罪は人類全体の敵である「核」を汚い核ときれいな核に色分けし、貴方も言うように

>私達は一致団結しなければならないのに、原水協と原水禁に
>分かれてしまっているという現状を見れば一目瞭然なように
>一致団結できていない。

 それはトラウマの日本人の心をガス抜きにしたからです。つまり核反対運動といいながら、実を結ぶ前の運動自体で満足させてしまったのです。北方領土も同じです。

 そんな日本人が一致団結する為には、私が常々言う「大和心の結集」なのだが、これでは階段無しに一挙に2階へ上がれと言っているようになる。大和心の結集の為には、「言うは易し行なうは難し」だが、まず一つの大きな指針を核として、磁石のように多くの者をひきつける必要がある。それは原爆のトラウマによる日本人の覚醒が大きな一里塚であるから、日本人自身の手で東京裁判のやり直しを、インターネット上で有志で行なうのも一つの方法である。戦後行なわれた東京裁判は勝者による敗者への復讐劇であるからケシカラン ! ! 。その反動で盲目的な軍人肯定となる。東京裁判で裁かれた軍人を批判したら左翼のような目で見られるが、これはおかしい。彼ら指導軍人には、当然ながら日本を敗戦に導いた、日本国民を惨憺たる敗戦に導いた責任は厳然としてある。物量で負けたというが、負け方にも上手な負け方というのがある。もっと早い時期に何度も手は打てたのである。その責任は当然指導軍人が負うべきである。ここを避けたのは指導軍人の責任を問えば最終的には大元帥陛下の責任問題になるからである。

 しかし東京裁判は復讐劇であったと同時に、断末魔の日本に殊更に2発も落とした原爆の効果(=トラウマ)を意識した米国が、戦後の統治政策に天皇利用を据える為に創り上げた一面もある。当時、ソ連・中国が戦争責任を問うなら裁判に天皇を出すべきだと要望していたのをこれ幸いと、占領憲法(今の日本国憲法)に異議を唱えた日本人層を黙らせる為に、GHQが利用したという歴然たる事実もあるのです。当時米国は唯一の核爆弾所有国であり、その脅威はソ連も中国も同じで、事実上米国の独壇場だったのです。

 良くも悪くも欧米白人諸国の数世紀に亙る侵略の成果=植民地帝国を崩壊させ、多くの植民地を欧米諸国のくびきから手放させた後発国日本は、その恨みを一身に受けたまま、米国が与えた見事過ぎるトラウマの故に、己れ自身で大東亜戦争の総括をしていないまま今に至っている。そのトラウマを克服しない限り日本の立て直しは望めないと、俺は思っています。

 皆さん、荒岩さんのようなメールを俺は楽しみに待っています。

狼爺さん

http://www.ishiikazumasa.com/roaring/2004/11232004.html
posted by ウルフ爺さん at 14:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月02日

「恩を仇で返された日本の仁侠道(ヤクザ)」

 五十年の紆余曲折の右翼運動の中でも、常に何物をも恐れずに対峙して来た俺が、再度になるが、皆様に是非心に常に留めておいてもらいたいのは、「暴対法」は間違っている、むしろ「警対法」こそが現在の庶民の為に必要だということです。「暴対法」は実質米国の手先ポチの警察庁が、60年前の戦後の己の恥を隠蔽する為に、日本精神弱体化を狙う米国と策謀して作り上げたものであるということです。仁侠をギャングと同一視させることにより、日本人の思考を狭くして伝統破壊を助長する以外の何物でもなく、長い歴史に培われてきた「日本民族の真髄=祖先の叡智」から日本民族を遠ざけ、祖先の叡智を捨てさせ、日本の安全神話を破壊させたものであるということです

 俺はここで声を大にして訴えたい。50年間愛國運動に没頭して妥協しなかった俺が、その生涯を賭けて断言する。「日本の仁侠ヤクザは戦後の混乱時に、政界も官界も財界も教育界もその他の日の当たる団体が、日本の伝統を骨抜きにされた時期をも乗り越えて、唯一日本の伝統を残し守ってきた。」ということを ! !

 世の中を善と悪で割りきる欧米の法は、世界の平和を破壊して混乱させる冒涜の不正義な法なのだ。哲学者でもある法然上人の「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや。(註・これは親鸞の言葉として知られているが、元は法然である)」の言葉を、この日本人の祖先の一人の叡智を今こそ心しよう ! !

 日本のヤクザは、戦後日本中がトラウマに陥った時にも、世界のギャングの常識では考えられないことに、庶民の奮起復興のさきがけを果たしている。警察も腰抜けで「第三国人サマ」と顔色を伺って、彼らの傍若無人を見て見ぬふりをしていた当時、日本の庶民は敗戦と戦後の混乱と三国人の横暴の三重苦に喘いでいた。その時に、日本人の牙「仁侠=ヤクザ」は、理屈抜きに損得抜きに第三国人を懲らしめ庶民を助けた。そんな仁侠道の親分に警察庁は日本人の思考にはない「暴対法」という仇を以って報いた。

 次ぎから「モノの道理」を具体的に提言する。巖と巖(いわおといわお)を繋ぐ「さざれ石」として呼応してくれる諸君の質問・反論・指摘のメールに沿って具体的にこのホームページ上で開陳していく。どしどしメール下さい。このホームページは素晴らしい庶民である皆さんのものです。皆さんで盛りたて広げていってくれることを俺は望んでいる。

老狼

http://www.ishiikazumasa.com/roaring/2004/11102004.html
posted by ウルフ爺さん at 13:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月01日

年賀

新年おめでとうございます。

今年のしかるべき時期(開始予定一月中旬〜下旬の間)
から、このブログは
原則としてその日の新聞記事の
ウルフ爺さんとゴジラズワイフの会話から
短いコメントを載せます。

乞うご期待 ! !

  管理人 ゴジラズワイフ
posted by ウルフ爺さん at 18:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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