2005年12月31日

「米国と真の同盟を結ぶ為に、戦前戦後の闇を解く」

 過日、大東亜戦争終戦直後に来日、米戦略爆撃調査団の副団長として、広島・長崎で原爆投下の効果を調査したポール・ニッツ氏の訃報(10月19日死去)が各新聞に報道されました。当時、初めての敗戦に対処する術を知らず打ちひしがれた日本で、勝者として自由気侭に、当の日本人さえも知り得ぬ事をも知り尽くしていた筈の人物です。

  口外できぬほどの物理的被害に心を奪われた米国と世界の不幸は、この時根本的な大切なことを欠落したまま戦後体制を構築したことで始まりました。その欠落した部分とは、心的傷害ストレスいわゆる今では注目されるようになったPTSD(心的外傷後傷害ストレス)です。以下 http://www2.wind.ne.jp/Akagi-kohgen-HP/PTSD.htm より引用。


[PTSDとは、トラウマ、外傷後ストレス障害、外傷記憶]
  PTSD というのは、アメリカの精神障害の診断統計マニュアル(通称DSM-IV)にある診断名の1つ、"Post-traumatic Stress Disorder" の略称です。(中略)
  外傷的体験とは、人の対処能力を超えた圧倒的な体験で、その人の心に強い衝撃を与え、その心の働きに永続的、不可逆的な変化を起こすような体験を意味します。そのような圧倒的な衝撃は、普通の記憶とは違って、単に心理的影響を残すだけではなく、脳に「外傷記憶」を形成し、脳の生理学的な変化を引きおこすことが近年の研究で明らかにされています。PTSD患者の神経生理学的徴候は、神経画像的研究、神経化学的研究、神経生理学的研究、電気生理学的研究などで証明されつつあります。外傷記憶は時がたっても薄れることがなく、その人が意識するしないにかかわらず、一生その人の心と行動を直接間接的に支配するのです。


 当時、勝者として客観的に日本の状態を観察することの出来たマッカーサーが、日本人の精神年齢は12歳と公言しました。戦後「靴下と女が強くなった」と言われますが、それは裏返せば、戦後日本民族に責任を持つ立場の、昭和天皇を始め有為の人が民族のジェノサイトを恐れ黙ってしまったことにより、民族全体の覇気が低下したことにより、相対的にそのように感じられる部分が大きいのです。

 「俺」自身、すでに原爆投下直後から遠く離れた福島においても「ピカドン」の風説で、それまでは爆撃の目標になる白い布などは厳禁であったのに、「白い布は光を反射するので体が熱線に溶けない」という風説で、持ち歩いていました。

 「二度あることは三度ある」広島に続いて、長崎に原爆が落とされたことにより、日本人の心の中は、無意識のうちに三度目を恐れるようになってしまい、当時を生きた人間は、原爆を持つ米国恐さから、肝心な部分を避けて通るようになり、それがひいては東京裁判のいびつさも生み、現在の歴史の歪みにまで繋がっています。
 
  米国人の誤解に基づく自惚れを正して方向転換させたいと思っています。

  彼らはあの大戦の後、日本を(彼らから見れば神懸りの頑迷固陋だった日本でさえも)彼らの手によって「民主国にした」と思わせたこと。

  天皇制を換骨奪胎させたこと。

  天皇制は明治になって欧米諸国の侵略に対抗するために出来たこと。つまり天皇と皇帝(エンペラー)はそもそもは違うこと。

  米国が日本を民主国にしたと思い込んでいるが、もともとの日本は日本人の天皇(天皇の日本国ではない)を自然に戴く、民主的な国であった。日本人には元の民主的な天皇の国のほうが理に合うのである。これに戻してもらいたいものである。

 ベトナム・アフガニスタン・ソマリア、そして今のイラク。米国の思惑は日本で成功した(と米国が思い込んでいる)民主国にしようしているが、失敗続きである。それは彼らは原爆のトラウマがないので、民族としての覇気は戦後の日本よりは高いからである。歴史も文化も違う国を自分流(米国流)の民主化が出来るなどとは米国の思い上がりなのだと言うことを、早く悟らせなければならない。

 米国=アメリカ合衆国が、米国人の為の米国になることが世界の平和の第一歩である。米国は現在人類の究極の命題である環境汚染の京都議定書を批准しないと宣言している。一部メーカー利益を代弁するロビイストに左右される米国にとっての安心とは、全世界が文字どおり、アメリカの合衆国になるまで訪れることはないであろう。米国は一枚岩でも一国主義でもない。何故ならそもそもが「国」ではないのだから。州の集まり(合州国=合衆国)であるだけにモザイク細工のようにいつ崩れるか不安なのだ。米国の軍事力行使は弱さの裏返し。「弱い犬ほどよく吠える」従って強さを求め強さを誇示する。そんな国の首に鈴を付けて安らぎを与えるのは、(ポチ)日本の役目ではないだろうか?

 史上初の原爆テロの犠牲に遭った日本が、現在に至っては30万を超える被爆犠牲者の霊に報いる為にも、恩讐を越えてその難業に邁進しようではないか。最早右や左と言っている場合ではない。大和ごころの結集を切に願うものである。 (続く)

老狼 

http://www.ishiikazumasa.com/roaring/2004/11042004.html
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2005年12月30日

征伐隊事件について

 東京新聞平成16年10月7日の記事に、征伐隊事件の村上被告が発病して、入院したとあった。検察は懲役15年を求刑しているが、裁判は延期になったそうである。これを見て、気の毒に思った。一介の刀剣愛好家であった同氏をここまで追い込んだのは、明らかに真の主権がない不甲斐ない日本に対しての、情けない、なんとかしなければ・・・等々の入り混じった気持ちであったに違いない。刀には魂が宿るという。多分同氏は刀剣を見つめながら、止むに止まれぬ気持ちが湧き上がったのであろう。

 北朝鮮は魔法使いでも超能力者でもないのである。日本国内から多くの日本人が神隠しのように拉致されたのには、当然ながらこの日本にそれを手引きする「モノ」があり、それが朝鮮総連であったのは、今では元朝鮮総連幹部の告白等からも特定されている。村上被告たちが行なったことは現在の日本の法律に照らせば犯罪であろう。しかしそれと同じように拉致の手引きも犯罪である。本来ならその拉致の手引きを取り締まらなければならない、警察や検察が、日本国民の血税で生活しながら、不作為を続けてきたのが、この征伐隊事件の遠因である。また政治家がそれに輪をかけて、たまたま現場の真面目な警察官が拉致の真因を突き止めたら、野中が圧力をかけて退職に追いこんだように、今の小泉政権に至るまで、拉致被害者関係者はヘビの生殺しのような歳月を長い間費やされてきたのである。北朝鮮が拉致を認めたら、畳み掛けるように解決されると思っていた他の被害者は、今に至るまで帰国どころか消息すらも覚束ない状況である。これで日本に国家の実があるといえるであろうか?

 そもそも日本の警察検察は二重基準、三重基準と、法治国家の体をなしていない有り様である。殺人でも数年の刑があるかと思えば、今回のような銃刀法違反その他で15年の求刑である。それに比べて億単位の政治家の金銭問題や、警察の裏金(その実は公金横領)や書類紛失・書類破棄(その実は証拠隠滅)等の犯罪には非常に甘い。本来税金で養われている「公人」にこそ、義務を強く課すべきであるのに反対なのは、このような日本にした庶民にも責任がある。我々は「明日は我が身」と権力の強権は常に監視していなくてはならない。「共謀罪」などの成立も目論んでいるようであるが、これは絶対に阻止しなければまともな意見の交換さえ出来なくなる。

 「拉致」は紛れもない「テロ」である。そのようなテロリストの一味を野放しにしていてはならない。その意味では「テロ」の被害者である「北朝鮮拉致」の救う会にはもう少し開き直った対応をして欲しかった。征伐隊事件の参加者に熊本の救う会関係者がいたらしいが、それが報道されるや否や、その参加者との関係をことさらに否定してみせる。ここに日本人の小心さ、臆病さを見たような気がして情けない。拉致被害者の関係者の中で、「拉致」という犯罪に加担しながら、日本の税金のインフラの中で平然と生活している朝鮮総連関係者を苦々しく思ったことが一度もなかったと言う人はいないであろう。ある意味「征伐隊事件」は、北朝鮮に経済制裁一つも発動できない不甲斐ない政府に代わって、我ら日本国民の多数の意識を代弁したものとも言えるのである。もし朝鮮総連に対して拉致関係で怒りを持っていなければそれは日本人ではない。であればこそ形に表した征伐隊の行動がいささか過激ではあったとしても、北朝鮮拉致に憤りを持っている者の中には、心の中では快哉を叫んでいる者も多い筈である。それが即座にアレルギー反応を起こして「テロ」の単語で切り捨てるのはいかがなものか。

 私は日本人のこの同一反応を見て、戦前「大東亜聖戦完遂」「鬼畜米英」と言っていた日本人が、戦後は上だけでなく庶民までもが占領軍の「真相はかうだ(=こうだ)」に簡単に洗脳された民族としての主体性のなさをつくづく感じた。当時、いわゆる東京裁判及び各地の戦犯裁判の後、特に東條家は子供までが村八分の仕打ちに遭い、それは子供を教育する小学校で教育者である教師も率先して行った。東條家ほどひどくはなくても、各地でB級C級で処刑された者の家族は同じような白い目線に耐えなければならなかった。公に占領軍が戦犯関係者の財産処分を禁止していただけでなく、本当に彼ら戦犯とされた方々の家族が辛かったのは、その周囲の庶民の冷たい仕打ちであった。ソ・フィン戦争(ソビエト・フィンランド戦争)を戦って、ソ連に敗れたフィンランドではソ連に対しての対外的には「戦犯」という名称を付けたが、その「戦犯」という名称をつけられた人々をフィンランド人は国内では「英雄」として扱った。(参照http://www1.odn.ne.jp/~aal99510/saiban.htm) それは国難を共に戦った同胞に対する思いやりであり、またフィンランド人としての誇りがなせるものであった。ソ連(帝政ロシア時代も含む)と長い土地続きの国境線を有するフィンランドでは人口も大きく上回るソ連は常に対立と融和をこなしていかなければならない相手であった。それであればこそ、その大国帝政ロシアに東洋の小国の日本が勝った時には、フィンランドでは「トウゴービール」が出来たほど、日本の快挙はフィンランド人を勇気付けたのである。それなのに、その日本は、ソ・フィン戦争とほぼ時期が重なる大東亜戦争に敗れた後は、フィンランド国民とは全く正反対に勝者の意のままに繰られて、国民の多くが昨日まで共に戦った同胞を率先して追いつめる仕打ちに出たのである。

 平行してシベリア抑留の軍隊の中でも、ドイツ人は抑留者が一体となってソ連に対抗したが、日本人はソ連の手先になる者が同じ日本人を監視して搾取するという、ここでもまた日本人の敗れた時や状況の悪い時に出る事大主義の卑劣さが出た。そしてそれが先の敗戦や原爆のトラウマを引き摺っている日本が、未だに真の独立国となり得ない大きな一因である。

 何事も時には「開き直る」ことは必要なのである。ちまちまと小さくいい子ぶっていては、きれい事だけでは戦いには勝てない。今回の征伐隊事件の場合、救う会は「征伐隊のやり方は賛同できないが気持ちは痛いほどわかる。救う会は拉致という卑劣な国家犯罪を犯す者を激しく憎む。多くの会員や元会員の中には、その中から過激な行動に出る者が今後も出ないとは言い切れない。」とでも言えば良かったのである。小泉などは米国にいい子でいたいから、再び小泉の曰く「テロ」を起こされでもしたらと、もっと真剣に経済制裁を考えもしただろう。先日中山参与が辞めたのには、政府の生ぬるい姿勢も一因らしい。この場合も叱咤するのが女性だけとはなんとも日本の中枢の男は去勢されたものである。

老狼

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2005年12月28日

第二十代警察庁長官 漆間巌殿へ

 まずは就任おめでとうございます。2ヶ月近く経ち、引継ぎや挨拶回りも一段落した頃と思い、一筆啓上差し上げます。

  全国紙讀賣新聞には8月13日と14日の朝刊に続けて就任の記事が載っていました。それによれば「警察幹部らしからぬが、芯の強さと決断の早さには定評がある」とか。貴殿の顔を新聞誌上で拝見した限りにおいては、歴代のエリート官僚とは違う感触を受けました。そんな訳で、一縷の望みを託して、表の頂点ともいえる貴殿に対して、庶民の声を取り上げるのにどん底で50年間暗中模索し続けている老狼が、下り坂を転げ落ちつつある日本の治安の悪化に悩む庶民の声を届けたいと思います。

 崩れ切った現在の日本の中で、何卒「日本の国の為の警察庁」「日本の国民の為の警察庁」を掴み育てて頂きたいのです。日本は「国是も、国策も、思想も無い。」ような情けない現状ですが、私たちの子孫が引き継いでいく国です。そして若者の中には、先日米大リーグの記録を塗り替えたイチローや、アテネで活躍した選手たちのように、生き生きと溌剌として、世界に堂々と伍して行く者達も育っています。若者を代表するそんな彼らの後に、多くの若者が生き生きと自分の道を見出せるように、これまで順送りされてきた問題は、出来る限り処理してやるのが、先に生を享けてこの(情けない)日本の現状に責任ある我々の義務だと存じます。

 今の世界は、小型核の開発や先制攻撃論が幅を効かせています。世界で唯一の、それも2度の原子爆弾被災国の日本には、この犠牲を人類に再び及ぼさぬように声をあげる「責任と義務」を伴う権利があると思います。政治屋どもは、毎度毎度コップの中の小さな嵐、茶番劇に明け暮れて、何一つ有効に日本の声を発信していません。

  米国に対して(唯我独尊でない、他の国の立場や状況を理解する)国創りに貢献できるのは、今、米国のポチのような日本にしか出来ないのではないでしょうか? それにより日本は、アジア大陸や他の開発途上国の信頼も得る事が出来ると考えています。

 大韓航空機事件の金賢姫はベストセラーとなった自著の印税の一部を、日本の機関に寄贈した時に、「米国は領空侵犯で撃墜され捕虜となった軍人を救出する為に、大統領以下が一丸となって行動して速やかに目的を果たした。まして私(金賢姫)が情愛の湧いた田口さん(李恩恵)は、日本の領土から不法に拉致されたのです。どうか彼女の救出の為にこのお金を役立ててください。」という趣旨の一文が添えられていました。私はこれを知り熱くなりました。そして日本人として心から恥ずかしいと思いました。しかし右翼が表に出るべきでないと考え、同憂の志の大同団結の試みを続けて今に至っています。

 さて前出の讀賣新聞の記事の中で、一つ気になることがあります。長官殿の「精強な警察官育てたい」は、まさか「精強」というのが庶民に対して向けられる戦前の「オイ、コラ警察官」を意図しているのではないでしょうね? このオイコラ警察官は、大日本帝國が崩壊した時、戦勝国の尻馬に乗って暴れ捲くった第三国人(註)に日本全国各地の警察署が襲われた時には、青くなって逃げ回っていた。そんな「オイコラ」の末路を見ているだけに心配です。当然そのような警察に戦後の混乱でただでさえ寄る辺ない日本の庶民を護る気概も度胸もある筈はなく、各地の警察署長クラスが、それぞれの地域に根ざした仁侠組織に助けを求め、仁侠が二つ返事で快く引き受けました。当時、第三国人の無法を実際に牽制できたのは、この仁侠組織だけでした。今の日本における外国人の不法行為の激増は、ある意味戦後の第三国人の跋扈を思い出させますが、今回まさか現在では「暴力団」とレッテルを貼ってしまっている組織に警察が頼む事はないでしょうね?

  戦後の占領時代、長官の所属する警察庁は、占領軍と警察庁の司法取引を疑わせるほどスムースに、戦勝国によって戦犯と一方的に名指しされた人々を、同胞とは思えぬ熾烈さで追及していました。警察庁が日本国民の為でなく、占領軍(米国)の手先であった歴史的事実があるだけに、この思想の無い「精強な警察官」がどこに向けられるかに、私は大きな危惧を抱くものです。

 長官殿、現在発売中の週刊新潮10月7日号P59(下記参照)には、「大月みやこのカセットテープがあったという情報は、CIA→駐日米国大使館→警察庁&公安調査庁という公式ルートで持ち込まれた」とありますが、以前の9.11テロの時の、情報だけではなく駐日米国大使館から日本の警察庁に対して指令も行われるという「非公式ルート」もなお現存しているのですか?

(週刊新潮2004年10月7日号「なぜか『アルカイダ』幹部が持っていた『大月みやこ』のテープ」を参照)

 長官殿、国際間の取引や状況はそれこそ千差万別ですが、「お前だけには言われたくない」というのがあります。今の日本国憲法は占領下に制定されましたが、当初の松本烝治たちの日本支配層による憲法改正の試案が旧態依然として所期の目的を達成できないことを悟った占領軍は、いわゆる「マッカーサー草案」なるものを日本に呑ませたわけですが、この経緯には東京裁判と同じく「昭和天皇を戦犯にする」という恫喝もありました。その張本人であるべき米国の、パウエル国務長官が今になって「日本が国連の常任理事国に入るためには、憲法9条の改正が必要」をほのめかす有り様ですが、これなどは米国の要人が発言するからには、「終戦時米国が押しつけた憲法9条」の前置きぐらいは付けるべきではないでしょうか。

 「米国が西向きゃ 尾は東」 尻尾ならまだマシだが、尻尾に群がるハエが我が国の総理大臣であるのが現状です。総理大臣も警察庁の職員も公務員全ては、「日本国民の公僕」です。どうか長官殿におかれましては、常に「国民が主人」ということを念頭に、国民の為の警察を作り上げてほしく願うものです。日本人同士の諍いをしている世界の情勢ではないのです。

  無学な私ですが、出来るだけ言葉は選んだつもりです。暗殺集団の護國團でしたが、私が改革しました。共産党も天皇を認めました。マルクス主義者の最大の過ちは、核爆弾の被害を受けた唯一の民族として、また人類の問題として対決しなければならない核の問題をイデオロギーに利用したことです。今こそ「大和」の名のとおり、祖先の叡智に学び叡智を発揮すべきときではないでしょうか? 人の和がなければ智恵は生まれません。共産党の過去をいつまでも責めるのも愚かなことです。健全な表には健全な裏が必要です。周囲の国は核を持て余しています。何か力になりたいのです。今、独立国としてはどん底の日本であればこそ、世界の警察官となれる資格があると考えています。何らかの形でご回答頂ければ有難いです。

老狼


第三国人とは当時は特権階級の用語でした。「第三国人さま」とまで言わされていたケースも多々あったのです。昨今のマスコミは「第三国人」というと差別用語のように騒ぎ立てるが、これなどもマスコミが社会の木鐸の使命を放棄して、正しく歴史を伝えていない一例です。

http://www.ishiikazumasa.com/roaring/2004/10042004.html
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2005年12月26日

「警察庁をアメリカ合衆国の犬小屋」と呼ぼう ! !

 今、健全な庶民の多くが緊急切実に要望しているのは、すでに大正15年4月30日から施行されている「暴力行為等処罰ニ関スル法律」に屋上屋を架す訳のわからない「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律(通称「暴対法」)」よりも、「警対法(警察官僚の不法・不当行為の防止等に関する法律)」だ ! !

 現在の私は、第三勢力の創設に熱中、実践に忙殺されています。其の仲間の著名人(名前は漸次出していきます)の中でも、マスコミでも紙面を賑わせている裏金(実質は税金横領)問題や、被害者の娘を犯人に仕立て上げかねなかった冤罪未遂等の警察不祥事の話しで持ちきりでした。丁度そこへ、このホームページの訪問者の一人である庶民の中野氏から以下の疑問と憤慨のメールをいただきましたので、このメールに沿って「警対法」について言挙げしたいと思います。

Subject: 警察及び公的機関の腐敗に対する意見
前略、私は日本の行く末を危惧している一庶民の中野○○と申します。誠に、駄文、末筆ではありますが、石井先生のご意見を聞かせて頂きたく、メールをした次第であります。

最近、北海道警察による組織的な水増し請求が発覚致しました。捜査費等と申す、誠に不透明な請求で、国民及び道民の血税約6億7000万円もの不正請求額です。道警は、組織的では無いと主張していますが、これだけの金額を、個人単位で行えるとは思いません。公的機関ならなおさら、税で運営されているわけでありますし、運営費の管理など、一般企業より細かく管理されていると思っております。庶民が、血肉を削ぎ、汗と共に掴んだ賃金で、国民の義務である税を納め、その税を公的機関、しかも法律の番犬とも言える警察が水増し請求などとは、大変遺憾に存じます。

水増し請求=横領。横領=犯罪。こんな図式は子供にでもわかることです。それを、たいした捜査もなく議会での陳謝で終わらせようとしています。道警にて発覚したのですが、このような事は他警でも行われて居るような気がしてなりません。今頃他警は、証拠隠蔽のために必死になっているのかもしれません。犯罪捜査のプロが犯罪を犯すのです。しかも組織ぐるみで。今後、他警からはこのような水増し請求の証拠は出て来ないでしょう。なんせプロ集団による犯罪ですから、証拠隠蔽もプロでしょう。もし、このような事が一般企業で行われているのなら、即刻解雇通達が出るでしょう。株主に対して言い訳が出来ませんから、会社は会社のメンツを守るために、有無を言わさず解雇でしょう。最悪の場合、株価の下落、倒産と言う悲惨な状態になることが考えられるからです。しかし、公的機関には倒産はありません。だから、こんな理不尽な行動を平気で行えるのでしょう。

公的機関の不祥事は今に始まった事ではありませんが、こんなに軽く終わらせてしまっていいのでしょうか?犯罪集団に法が守れるのでしょうか?自分たちの事を棚に上げ、冤罪でも心底のお詫びも言わず、まさに腐りきっていると思います。私たちは、私たちを守って貰えるのは警察だと思っています。一体警察の何を信じて生活を行えばいいのでしょうか?わが子達の未来が大変心配です。

世の中不況で、日々の生活もままならず、その日の食事さえも心配している家庭も現実に存在しています。その方々の血税を私利私欲のために、無駄に使われるのです。世間から嫌われている、ダム建設のような公共事業より遙かにたちが悪いです。まだ公共事業の方が現場作業員、地域の方々、また建設業に携わる産業の方にお金は行き渡ります。この方が十分有益に使われていると思います。

私はこの腐敗した警察並びに公的機関をどうにか改善したいと思うのですが、なにぶん個人でありますし、個人には限界があります。今回メールを書かせて頂いたのは、石井先生のご意見と、私達庶民が抗議を行う、最善の手段を知っておられるなら、教えて頂こうと思い書かせて頂きました。なにとぞ、よきお知恵が御座いましたらお教え願いたいと思います。

追伸

石井先生のサイトを拝見させて頂きました。先生の主張は、私たち庶民にも大変わかりやすくて、勉強になりました。お忙しい中での著作活動だと思いますが、お体に気を付けて、これからも私たち庶民の味方になってください。先生のお言葉で元気を分けて頂いてる庶民が居います。

では、上記の返答楽しみにお待ちしております。


 中野さん、貴方のメールは全くその通りです。

  これらの不祥事は氷山の一角で、士気の弛みは蔓延しています。そして致命的なことは、警察官僚に「犯罪意識」がないことです。「会計文書を紛失したが故意ではなかった。」で済ませる感覚にそれは証明されています。もし株式会社がそのような短期で文書を紛失したら、商法違反で捕まえるはずです。株式会社は自分たちで稼いだお金ですが警察のお金は我々の血税です。同じトップの責任でも警察のトップの責任の方が重いというのが庶民の感覚です。

  二十数万の警察官の大多数は、社会正義の為にその職を選んだ愛国心と侠気を持った若い熱血漢だった筈です。しかし上が利権に明け暮れている現状では、「腐ったリンゴがあれば全てが腐る」ように、しかも機構が命令系統であれば、いくらきれいなリンゴでも次第に腐って(=士気が弛み、堕落する)行きます。大日本帝国時代は菊の御紋をカサに来て、自由主義者や左翼の人間を拷問で殴り殺すほどの国策推進者だった警察庁キャリアが、終戦後には昨日までの敵「鬼畜米英」の手先となり、同胞である日本人をことさらに追い駆けまわし、戦犯法廷に引きずり出しました。来年で戦後60年ですがその体質は一向に変わっていません。昨年6月2日の「キチガイ狼の暴力講座・其の九」で既述のとおり、

二年前の9・11同時多発テロで、マスコミに注目していた私は、新聞で米国大使館から日本の警察庁に直接「危機管理の指令」が届き、それを警察庁は日本政府に報告しなかったことが小さく報じられました。

 これは完全に主権侵害以前の問題です。「暴対法」成立の経緯も再度詳述したいと思います。

老狼

http://www.ishiikazumasa.com/roaring/2004/09252004.html

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2005年12月23日

寄生庁(=宮内庁)に立ち向かおう !

http://www.ishiikazumasa.com/roaring/2004/09132004.html

 
今やらずに いつ出来る。
俺がやらずに 誰がやる。

と、頑張ってみんなで努力しましょう。

 これは東京都中央区にある鐵砲洲稲荷神社の中川正光宮司(今年97歳)の座右の銘です。中川宮司は戦後占領軍のGHQによる宮内庁の換骨奪胎の経緯の生き証人です。GHQは当時、宮内庁の役人7,000人をクリスチャンに入れ替え、皇室の伝統を内堀から埋めました。その伝統破壊が皇室の家族崩壊、しいては「上乱れれば下乱れる」の言葉どおり、日本の家族崩壊へと顕現しているのが現在です。占領軍(実質米国)の「日本弱体化政策」の長年の計画性の恐ろしさを感じます。この寄生庁(=宮内庁)の問題は先にも書いたように米国の番犬である警察庁とともに考えていかなくてはなりません。

 俺は以前から良子(ながこ)皇太后(昭和天皇陛下の后)存命中も、皇室一家のカレンダーには決して良子皇太后がおられないと言ってきたが、カレンダーというものはその年が終われば残している者も少なく、目に見える形で納得させられない人もいるままにきたが、はからずも文芸春秋十月号のグラビア、「美智子さまと雅子さま」の「新年ご一家の写真に、初めて雅子妃が加わられた。(以下略)」に良子皇太后さまがおられないので証明された。皆さんが自身の一家になぞらえて考えてみればこの不自然さは一目瞭然であろう。

 普通の日本の家庭では、例えどんな梅干ばあさんとなっていても、新年の家族の写真は一緒に撮るものである。しかも真ん中に据えるものである。もし健康状態でそれが適わなければ丸円の枠ででも別に写真を入れるものである。それがよりによって日本の民(タミ)の君(キミ)である皇室の一家で、年長者をないがしろにするということが、国民の衆目のところで行われてきたのであるから、日本の国全体に「老人虐待」が増えるのは自明の理である。

 そしてこのようなカレンダーを警察庁は宮内庁の手先(その実米国の手先)よろしく、本来の仕事でもないのに毎年暮れになるとあちこちに配りまくっているのである。警察庁が警察庁のカレンダーを配るのであればともかく、自衛隊が自衛隊のカレンダーを配らずに皇室カレンダーを配ればそれこそ「軍国主義の再来」とでも目くじらをたてそうのがマスコミだ。

 だが不思議とどのマスコミも、朝日新聞さえもこの不自然さを記事にしないところをみれば、マスコミが「社会の木鐸(ぼくたく)」とは名ばかりで五社協定の垂れ流し記事をそれぞれが載せているだけに成り下がっている証拠である。靖國神社の総理参拝は恒例のごとく毎年記事にしているのと比べたらこの怠慢はすでにマスコミの使命は終わっているといっても過言でないであろう。

 またインターネットの普及は私のような庶民でも全世界に向かって情報発信することを可能にしたのであるから、インターネットをしているここをご訪問の皆さんは、それぞれが自分でできる範囲で能動的に情報発信をしていこうではないか ! ! 私のホームページに寄りかかるのではなくて、私のホームページを土台にして皆さんが羽ばたいてくれるのが、私の本来望むところである。

 自分でホームページを作ったり、ホームページはなくても真摯な意見を書き込んだり、メールで役所や政治家に意見を発信したり・・・と、これまで膨大な郵送料がかかっていたことが誰でも格安にできる。私は私のホームページを見て、個々に群れてくる従来型の関係よりも一段進んだそのような諸君の成長を期待している。

 最近私が一番うれしかったのは「日本を考える庶民の会」のホームページの立ち上げてある。このホームページを見ればわかるように手探りで始めた方が回数を重ねるごとに自分の意見発信に慣れてきて、それでなおかつさりげなく私のホームページや参考になる意見のホームページの紹介もされている。ただホームページを立ち上げての自己満足でないことが私には嬉しい。

 改めて言うまでもないことであるが、米国の手先となっている日本の官僚組織は巨大である。そしてそれが日本弱体化政策の尖兵となっているのであるから、その官僚組織に立ち向かう我々は、戦後復活の後、50年前後続いている右翼活動では出来ないのは、右翼活動がありながら日本がだんだん悪くなっているので証明されている。右翼の面々の中には、我々が活動していなかったら日本はもっと悪くなっていたという向きもあるかもしれないが、それは言い逃れである。

 北方領土運動が米国の資料でも証明されたように、ガス抜きの目的で行われてきたのと同じく、残念ながら右翼運動もそれぞれが小さい世界で自己完結させられてきたのである。その証拠に俺は何度か右翼の大同団結を試みたが、本来の「日本」よりもつまらぬ役職や肩書きに捉われている右翼の面々の小ささに失望の繰り返しであった。

 しかし庶民の第三勢力とは「言うは易し、行うは難し」。右翼の○○会とかで普段から群れているわけでもないので、繋がりの実感も少ない。インターネットでといっても暗中模索の方も多いと思う。だから一つの形として俺は上記の「日本を考える庶民の会」を紹介した。

 日本の大切な天皇のためにも、二千六百年の伝統に寄生し、伝統を食い潰している寄生庁(=宮内庁)について考えようではないか ! !

老狼
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2005年12月22日

史上初の原爆テロを斬る

史上初の原爆テロを斬る

 8月6日は人類最初のテロ、原爆記念日である。そして当然のように来年2005年の8月15日には終戦60周年が巡って来る。人でいえば「還暦」に相当する。

 還暦とは人生の一巡りが終わり新たな出発をも意味している。日本の国も人に倣って還暦を過ぎてまでいつまでも終戦へと導いた「原爆テロ」のトラウマを引きずっていてはならない。「原爆」 、これこそ史上空前絶後の「核テロ」であった。当時を生きた日本人は口にこそ出さないがそのトラウマが大きく、マッカーサーの占領軍の洗脳に簡単に乗せられて、「日本が悪」の自虐史観に染まって 行ってしまったのだ。

 マッカーサーはそんな日本人を指して「精神年齢12歳」といった。なぜ「12歳」か。それは精神年齢が「大人」であれば例え「トラウマ」を持ってもそれを克服して乗り越えようとするが、12歳の子供はいつまでもトラウマの中に籠もったままの「引き籠もり」だからだ。

 しかもそのトラウマは軍人を始め、率先して克服しなければならぬ男子のほうが強かった。情けないことである。恥ずかしいことである。戦後「女と靴下が強くなった」と言われた時期があったが、それは男子が弱くなった。腑抜けになったからだ。

 この1月にロフトにゲスト出演してくれた一人の明治大学の福田邦夫教授とそのゼミの若者50人近くの面々と、私は昨年11月神楽坂で、5時間近く話し合った。多くの純粋な瞳に囲まれ、とても幸せで有意義なひと時だった。福田先生のいうように、これからの日本を背負う若い男が生き甲斐を持ち、若い女性が子供を生みたくなる国にしようと、決意を新たにした最高の日でもあった。今のように原爆のトラウマに縮こまってしまった不甲斐ない男どもがいくら小手先で子育て支援を唱えても、女性は本能で拒否している。

 日本は山は緑が多くて水がそのまま飲める世界でも格段に恵まれた国です。スペインの子供は山の絵を書くと赤茶けた色に塗ります。ワインもビールも水がそのまま飲めないので発達しました。日本では刑務所でも濁っていない水道水は当たり前ですが、多くの開発途上国ではそれは望めないことです。

 そんな日本で子供が少なくなっている。これは還暦を迎えるまでに日本国が 日本人が原爆のトラウマに正面から向き合ってこなかったからです。特に軍人の将校は今の官僚のキャリアどものようにたちが悪かった。多くの戦(いくさ)が海軍も陸軍も高級将校のヘマで負けたのが多かったが、 いつしか「最初から勝ち目のない無理な戦争だった」と自分たちのミスを棚上げにし、糊塗し、戦後生き残った者は「武士は黙して語らず」とか「男は秘密を墓場まで持っていく」とか 格好のいいことを言ったまま鬼籍に入っていった。しかしその実は自分たちのミス と正面から向き合う勇気がなかっただけのことである。自分たちの面子のほうが、将来日本の国を背負う自分たち自身の子孫よりも大切だっただけに過ぎない。

 平行して戦後、防衛庁の戦史研究の中心もそのような元将校たちだったので、身内のかばいあいとばかりに、肝心の部分には触れていないことが多い。散々な結果となったインパール作戦などはその司令官の牟田口(むたぐち)中将の無能と無責任によるところが大きいのに、「牟田口の遺族が生きている間は明らかにできない 。」と研究者自身の口から言う。インパールでは何万人もの将兵が生き地獄の末に戦病死しているのである。その将兵にも家族はいたのである。戦史研究者といえど「元将校」である彼らにはそれらの兵よりも元の自分たちの上官に思いやりが行くようである。

 今の警察庁も宮内庁も外務省もなんとよく似ていることか。

 庶民を大切にしない社会、これは女性が本能で安心して子供を生める社会ではない。女性が本能に従って安心して子供を生み育てられる国創りをしていこう。日本国は戦後の還暦を新しい「天の岩戸開き」で迎えなければならない。我々戦中派世代はそのための捨て石にならなければならない。もはや誰も彼もが格好をつけている時ではない。

 「戦友の分を生きる」--もう十分生きた。

 「戦友の負託に応える」--応えていない。

 選ばせられる権利だけの二世三世だらけの今の選挙。

 金正日に足元を見られ、のこのこと出かけて行ったものの、2年前の消息不明者の一人も明らかにできなかった無能外交。無能首相。

 昭和天皇陛下薨去後の皇室一家のカレンダーに良子(ながこ)皇太后陛下の写真が見られなくなった。どんな一家でもそろって写真はとるものである。この不自然さが今の皇室なのだ。拙著「暗殺集団」にも既述のとおり、「上が乱れれば下が乱れる」。今の日本の乱れが皇室に顕現しているのである。

 天皇あっての日本国民ではない。日本国民の天皇だ。

 二千数百年の歴史といわれる日本の皇統の中に、元来「象徴天皇」という言葉はなかった。

 天皇(おほきみ)不在の今の日本には「君が代」の国歌はふさわしくない。

 これらはすべて我ら戦中派世代が戦後のツケを残してきた結果である。

 今年の後半、私は率先してその世直しをする。今回はほんのプロローグである。日本国の天の岩戸開き(現代版「天岩戸開き」とは、戦後の闇と戦前の闇の双方を太陽の下で溶かすことである)のために、天照大神の末裔の日本民族を生み育てる女性たちのために、戦中派の男は捨て石となろう。

狼爺さんより
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2005年12月21日

警察庁のキャリアと宮内庁は日本国の癌である

日本再建の為 どん底からの不退転の言葉

 警察庁のキャリアと宮内庁は日本国の癌である。

 「暴対法」施行(平成4年=1992年)後、身近に感じる治安の悪化、兇悪犯罪の増加は、日本の仁侠道を暴力団とひとくくりにした頭でっかちの警察庁キャリアの責任である。

 そしてパチンコのプリペイドカード導入(平成2年=1990年)以後の警察と業界の癒着は、パチンコ関連業界が警察の天下り先となったことからも明らかである。ご存知のようにパチンコの経営者には在日外国人が多い。彼らは警察との癒着のはるか以前から、税務署とは癒着していて、税務署は申告書に税理士の名前ではなくて、朝鮮総連等の名前があるだけで、フリーパスのように通してきた。

 そもそもパチンコのプリペイドカードは現衆議院議員の平沢勝栄が警察庁保安課長時代の昭和63年(1988年)7月にプリペイドカード導入の陳情書が提出されたことに始まる。その時、役所としては異例の迅速さのわずか1週間後にパチンコ業界団体の幹部が呼び出され打診されるが、導入コストやランニング(維持)コストの高さに二の足を踏んだ。それを端的に言えばCR機というギャンブル性の高い機械の導入の押し付け抱き合わせの形で承知させた。パチンコのカード会社には警察庁の外郭団体が大株主として出資している。以後カードによる簡便さの為に主婦層にもパチンコは爆発的に広がり、CR機のギャンブル性の高さから、多重債務や自己破産に至るケースも増え続けている。

 警察の北朝鮮拉致被害の捜査が遅々として進まなかったのには、天下り先を介しての上記の癒着を疑われても仕方がない状態でもある。実際に現場の警察官は拉致被害に関しての的確な捜査を行なっても、新潟でも福井でもそれが上に行くほど有耶無耶にされ続けてきた傾向が強い。北朝鮮拉致問題がこのように長引いたのは政府の無能に加えて警察庁キャリアの責任である。

毒(日本のヤクザ)の中にも薬がある。
 これまでヤクザが取り仕切ってきた分野に警察が介入して、締めだし目的も含めての「暴対法」施行後、治安が良くなったのであれば一般庶民はそれでもよいが、治安が悪くなって誰の為の「暴対法」かと、我々庶民は他人事ではなくて真剣に考えようではないか。

 先のロフトでゲストの目森先生も述べていた(戦前「暴力団」は労働組合も指していた。)ように、「暴力団」というのは、時の権力が都合の悪いものに被せる単語であるということをよくよく考えよう。「暴対法」に組み込まれる使用者責任も対岸の火事ではない。いつ貴方たちのNPO(非営利組織)やNGO(非政府組織)も、権力に都合が悪くなれば「暴力団」の単語を被せられて「暴対法」の適用対象になるかもしれないのである。

 悪名高い治安維持法も、当初は新聞社が「言論の自由」を盾に猛反対した為、「国体変更と私有財産制の否認」のみが、取締の対象となった。しかしそれが後の大東亜戦争中の言論弾圧になったのは周知の事実である。この為、もっと傷が浅くて終戦に持っていける場面も幾度かあったのに惨憺たる敗戦を迎えたのである。

 小泉が日本国民の代表である国会にも諮らずに多国籍軍の参加を決めるという独裁者の模様を呈している。このままでいけば今度はいつ国民に向けて独裁性の牙を向くかもしれないのである。自衛隊よりも、本当はもっと深いところで「権力の庶民への圧力」が広がりつつあることを認識して警戒しなくては、気が付いた時には後の祭りとなる。

これには先にも述べているが(12/18 狼は吠える老人<明治・大正・昭和一桁生まれ>よ泥を吐いてから死ね ! !)、先の時代を身をもって体験している戦中派が自衛隊の派遣の場合は、戦場の実態を、そして大東亜戦争の惨憺たる敗戦へ至った言論弾圧や情報封鎖の実態、占領中は進駐軍による戦時中よりもひどい言論弾圧や情報封鎖の実態を、占領解除後、50年余りも自分達の子孫に伝えることを怠った責任が大きいのである。戦中派の中では若い部類の狼爺さんが、日本再生の為に先陣を切って、これから徐々に戦中派が戦後の長い期間に亙る「不作為」「無作為」の自分達の責任と面と向き合うようにしていこうと思う。

 戦中派の諸君よ ! !「是は是、非は非」「破邪顕正の件は両刃の刃、自分を斬れなくて(自分達の責任と向き合わないで)相手は斬れない。反日勢力に対抗しなくては国の立て直しは出来ない」ということを肝に銘じて残り少ない人生を国の為に捧げようではないか ! !我々は多くの同輩を戦死させている。一度死んだ身である。どん底である。お互いに恥を被ってもいつ死んでも、それが日本民族の子孫の為になるのであれば、本望であろう ! !

狼爺さん

http://www.ishiikazumasa.com/roaring/2004/07122004.html
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2005年12月18日

日本再建の為に吐く泥 其の一 !

http://www.ishiikazumasa.com/roaring/2004/02152004.htm

 建国記念の日は昭和41(1966)年制定、翌42(1967)年2月11日から祝日となりました。これは明治に制定された紀元節と同じ日です。そんな訳で建国記念に関しては紀元節復活反対等の声もありますが、明治になる以前から日本では新年に神武天皇の即位を祝う儀式が行われていたといわれています。

 歴史の後知恵の良い悪いの判断は別として、明治天皇の父の孝明天皇の御代に、米欧の圧倒的な火力の差と脅しによって、攘夷が開国となって明治を迎えました(これは大東亜戦争の終戦時《敵ハ新ニ残虐ナル爆弾ヲ使用シテ頻ニ無辜ヲ殺傷シ》とよく似ています)。その為に明治の御代は廃仏毀釈に見られるように行き過ぎもありました。元来あった自然体の天皇を西欧の皇帝(エンペラー)と擬したマイナス面もありました。それは天皇を「玉」として一致団結せねばならなかった当時の日本を取り巻く世界情勢(アジアの独立国は日本とタイぐらいだった)の危機感の中で、伝統文化になかった体制を、欧米列強に対抗する為に強いられたからではないでしょうか。

 しかし明治の先人たちはその根本に「和魂洋才」の気概を以って日本人たる誇りを忘れず、不平等条約を是正し、日清・日露の戦争(今年は日露開戦100年)で朝鮮半島で或いは満州で、日本に対する外国の侵略を食い止めました。隣家が火事の時、隣家との境界(国境線)まで火が移るのを座視しているバカはいません。時には相手の敷地や建物に飛び込んででも必死で消化することでしょう。日本の隣家の満州や朝鮮半島が、当時まさに火事(外国の植民地にされそうな)状態だったのです。
 
  それに引き換え、大東亜戦後は我々戦中派世代の責任ですが、日本魂を忘れてすっかり米国の属国となり果てています。戦中派世代は明治の先人に対して恥じなければなりません。今こそ、戦中派世代は泥を被ってでも自分達の遣り残した昭和の不平等条約ともいえる現在の日米関係を、真の対等な日米同盟に是正しようではありませんか ! ! 太平洋を挟んで真の日米同盟ができてこそ、世界の平和に寄与できるとは思いませんか? 史上空前のテロ、原爆を行なった国と犠牲になった国、その両国がお互いに自己を確立しつつも相手の立場を尊重して手を結び合ったその時こそ、先の大戦の犠牲者の霊も報われるのではないでしょうか? 破邪顕正の剣は両刃の刃です。己を斬れずに相手は斬れぬと存じます。

 米ソ対立時の中国大陸や東南アジアで見られたように、米国にとっては自国の国益が第一です。米国にとっては日本の北方領土も竹島も尖閣諸島も今の不安定な状態がベストなのです。日本に米軍の基地(1992年=平成4年当時142)を置いておけるし、自衛隊も米軍の手足として使えるし、政府からは思い遣り予算は引き出せるし・・・。

 しかし、YP(ヤルタ・ポツダム)体制打倒 ! と反米を叫ぶのはたやすいが、それを叫んでいる連中は冷戦時代の社会党と同じで、ただ「反米」「反米」でその後の絵図面を示していない。米国は合衆国の名のとおり、それぞれ50の州の集まりの連邦、つまり大統領だけでなく各州代表の50人と、それぞれのロビイストを相手にしなければならないのです。大統領の任期はたかだか4年、三選禁止なので最長でも8年です。しかも共和党、民主党と入れ替われば、政府の職員もゴソッと替わる国です。

 終戦後、米国は我々に民主主義という形を与えてくれました。我々は今度こそこれを「和魂洋才」で、八紘一宇の民主主義に育て上げ、米国に恩返しをしようではありませんか。とうとう日本の共産党も天皇制を認めました、それは多分に一種の戦略でしょうが、まがりなりにも同じ土俵に上がってくれたのです。

 9.11テロ後、ますます高まる期待 ! !「キリストとイスラムという一神教を調和させる日本」その文化を自信を持って世界に発信しようではありませんか。

 老人の先輩よ立ち上がれ ! !最低の無力な状態の今こそ、兄らの唱えた、そして其の為に同輩や先輩が散華した「八紘一宇」を声を大にして説いてほしい。再度言う「破邪顕正の剣は両刃の刃。己を斬れずに相手は斬れぬ」
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2005年12月17日

老人(明治・大正・昭和一桁生まれ)よ、泥を吐いてから死ね ! !

http://www.ishiikazumasa.com/roaring/2003/1218200301.html

 といっても、明治生まれの多くは鬼籍に入っているので、今となっては、これは俺(大正15年生まれ)を含めて、栄光無き短い大正天皇の御代に生まれた大正生まれの同胞よ。兄らは先の大東亜大戦中は中堅から若手であり、また占領期間中から戦後の復興期には、日本を背負った中核の世代である。

 戦後、それも昭和50年代という終戦から30年以上も過ぎてから、突如として沸き起こったかのような靖国神社や教科書の記載に対しての外国からの干渉。それは中曽根首相が外国からの干渉に屈して靖国神社の公式参拝を見送った昭和61年を機に頂点に達し、日本という独立国は、国是も国策も思想も無い、従ってそれらを基にする知恵も浮かばない、ないないづくしの国への坂を今も転がり続けている。いうまでもなく、中曽根首相(大正7年)も、その後の平成7年(1995年)に「戦後50年謝罪決議」を強行した村山富市(大正13年)も大正生まれである。

 大正生まれの世代の多くは、昭和60年前後から、年金生活に入った。そのころから雨後の筍のように、「自分史」とか「同人誌」のようなものに、先の大戦での自分たちの踏ん張り、そして占領期間中の忸怩たる思い(あの頃は仕方なかった等々の言い訳がほとんど)と併せて、現在(昭和60年前後から今に至る)の日本の状況を嘆く文章が目立つようになる。しかし不思議と、その文章の多くには、占領後、昭和27年に独立回復してから、昭和60年時点でも30年以上に至る自分たちの不甲斐なさ、不作為を検証する姿勢は見られない。30年間と言えば、人間の活動期間の最高潮の期間である。大正生まれの多くは、まぎれもなく、その期間、日本の中枢におり、日本の舵取りを行っていた。中曽根や村山を輩出した責任は、まさに大正生まれが負うべきである。

 年金生活に入ってから、国を憂えるのであれば、自分たちが現役でもっと発言力や影響力のあった時に、どうして行動をおこさなかったのか。中には今ごろからでも何もしないよりはマシという声が出るかもしれない。しかし、その多くは上記のような不甲斐なさや不作為の検証がすっぽり抜け落ちている事により、老人の愚痴となってしまっている。

 先年、私の相棒が、戦中派世代の人に、若い人に伝える靖国神社に対する(戦時中に靖国神社に抱いていた思い)原稿を募集した事があったが、寄せられた原稿はわずかの例外を除いては、戦後の日本の状況を嘆く(それも自分たちの責任は棚上げにして)ものがほとんどであったという。会合では、老人が時間を切られても、それを無視して長々と繰り言を述べているケースが多い。これでは若い芽を育てるどころか潰すばかりである。老人は残り少ない人生を全てを賭けて(全てを犠牲にする覚悟)ぐらいがなければ、徒(いたずら)に口を出すよりも、老人会で集っていた方がまだマシといえるのが現状である。

 かくいう俺も、昭和30年以来50年近く、愛国運動に身を捧げてきたが、結果を出していない以上、これまでのやり方や、右翼のあり方では到底日本国の立て直しが出来ないのは身に沁みている。既存の右翼の多くは、日本国や天皇(連綿と続いている日本の天皇のこと。今上天皇のみを指すのではない)を愛しながらも、今の思考は「天皇教」の信者のようになってしまって、天皇や宮家への正当な提言さえも「不敬」の二文字に押さえ込んで、受け入れずに圧力をかける始末である。これでは北朝鮮と変わらない。

 今上天皇は平成の御代になってから、よくないことばかりが起こるといって、京都御所の鬼門である岩清水八幡宮にお参りしたことがあったとのこと。しかし、これはおかしい。岩清水八幡宮へ参拝するのも結構であるが、どうして先帝陛下の身代わりになった戦犯の汚名を被せられた方々や、先帝陛下の為に散華した多くの英霊が眠っている、歩いてでも行ける靖国神社へ参拝しないのか。これは天皇云々以前の人倫に悖(もと)ることである。天皇が靖国神社へ参拝さえすれば靖国問題は雲散霧消する。いつ首がすげ替わるかわからない首相や一地方自治体の長の参拝に騒ぐこともなくなる。

 俺はこれまでの活動の反省を踏まえて、まずは天皇の靖国参拝を実現させたいと思う。

 女流作家だったと記憶するが(曽野綾子氏か上坂冬子氏?)、「(日本の)男は黙って秘密を墓場まで持っていくものだ(それが美学だ)。( )はレディウルフ註」と書いてあったように思うし、また同じような言は、先の大東亜大戦や戦後の検証においても多々見受けられる。しかし、この美学が美学として通用するのは、あくまでも日本人同士のアイデンティティー(主体性)の中の相手である。現在の日本は鎖国ではないのである。否応無しに世界の国の一員としての立場があり、責任もある。その観点から見れば、その美学に隠れて、自分たちの知っていることを都合の悪いことも恥になる部分も、包み隠さず披露しないことは、正しい検証の妨げを行なっている不作為の罪であり、それによって現在の日本が外国が勝手に作った「戦犯」や「遺棄化学兵器」等に振り回されているのであるから、日本民族の子孫に対しての重大な過ちでもある。民族の歴史の断絶は許されないのである。

   狼爺さんより
posted by ウルフ爺さん at 12:35| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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